遺言書~円満に書いてもらうコツ~
目次
遺言書があれば・・・
相続は、始まったあとで対策をすることはできません。体力と判断力があるうちに準備をしておく必要があります。最近では、自筆遺言書保管制度がスタートするなど、以前に比べて遺言書に対する抵抗感は減ったように感じます。
しかし、親御さんとお子さんで、遺言書に対する認識が異なることもしばしば。お子さんから、「困ったりもめたりしないために、親に遺言書を書いてほしいのだが、話題にしにくい」という相談を受けることもよくあります。
遺言書がないと困るケースとは
・相続人に認知症の方がいるケース
例えば、父親が亡くなった時点で母親が認知症になっているケースなどが該当します。
相続人に認知症の方がいる場合、遺産分割協議が難航する可能性が高いです。遺産分割協議は相続人全員の同意が必要ですが、意思表示が難しい認知症の方が相続人にいる場合、全員で協議することができません。
必ずしも遺産分割協議をしなければならないわけではありませんが、被相続人の銀行口座の解約や不動産の名義変更を行う場合には必要となります。
その場合、協議に参加できない認知症の方の代わりに、家庭裁判所に成年後見人の選定をしてもらう必要があります。ただし、成年後見人は選ばれるまでに時間がかかり、費用も発生します。また、成年後見人は本人(認知症の方)の法定相続分を確保する必要がありますので、遺産分割がスムーズにいかなくなります。
しかし、遺言書があれば、指定通りに財産を引き継ぎますので、遺産分割協議を行う必要がありません。協議の為に後見人を選任する手間がなくなり、相続手続きがスムーズになります。
・相続人の間で介護負担に差があるケース
亡くなる前に介護が必要となったが、特定の相続人の介護によって、施設利用料などの費用が不要になったケースなどです。
不要となった施設利用費用分を特別寄与分として、介護した相続人が多く遺産を受け取れれば、より平等になりますよね。ですが、この寄与分が認められるには、相続人全員の協議が必要となってきますので、必ず寄与分が認められるとは限りません。
例えば、仕事を辞めて親御さんと同居し介護をしていた長女と、特に援助もしていなかった長男で均等に遺産を分割することになったとき、双方が納得できる協議ができるでしょうか?そもそも過去数年分の介護状況を正確に知ってもらうことも難しいので、仮に調停などになっても、寄与分は認められにくいのが現状です。
このような場合にも、遺言書があれば、相続人全員の協議で寄与分を認めてもらう必要がなくなります。介護負担分が配慮された遺言書があれば、協議することなく、遺産を引き継ぐことができます。特に遺産の多くを自宅の土地家屋が占め、現金による分割が難しい場合には、遺言書があった方がよりスムーズです。
・相続人が配偶者と兄弟姉妹
被相続人に子がなく、両親もすでに他界していて、兄弟姉妹がいるケースです。
法定相続人には順位があり、配偶者は常に相続人、他は子が相続第1順位、両親が第2順位、兄弟姉妹が第3順位となり、子と両親がいない場合は配偶者と兄弟姉妹が法定相続人となります。
この場合、配偶者の相続分は遺産全体の4分の3、兄弟姉妹が4分の1になりますが、兄弟姉妹には遺留分が認められていません。ですから、兄弟姉妹には財産が渡ってほしくない場合や、逆に兄弟姉妹に多く財産を残したい場合には遺言書が必要となります。
また、遺言書がなければ遺産分割協議を行う必要がありますが、兄弟姉妹と配偶者に面識がなかったり、疎遠になっていることも多く、難航してしまうケースもあります。
このケースは、特に遺言書がある方が望ましいケースになります。遺言書があれば遺産分割協議を行う必要もありませんし、兄弟姉妹には遺留分がないので、全ての財産を配偶者に残すこともできるようになります。
・財産のほとんどが不動産
財産は自宅の土地建物とわずかな預金だけだったり、複数の土地を所有しているケースなどです。
不動産の評価額は課税するための基準価格ですので、実際に取引される価格とは異なります。また、不動産の査定をする会社や査定のタイミングによっても、評価額が異なります。このように、不動産の時価というものは、一概に決めることが難しいものです。
また、一つの不動産を共有名義で相続すると、使用・収益・処分行為の全てにおいてトラブルが多く、売却して換価(現金化)しようにもすぐに売却できるとは限りません。これらの問題を回避するために、「代償分割」がよく用いられますが、これは土地建物を相続した人に、他の相続人に対して相当額の代償金を支払う資金力が必要です。このような場合にも事前に多少の差額も考慮したうえでの遺言書があれば、相続手続きがスムーズになります。
・被相続人が再婚しているケース
被相続人が前妻との間に子供がいたケースが当てはまります。
法律上離婚した配偶者に相続権はありませんが、離婚した配偶者との間の子には相続権があります。
再婚後にも子があれば同順位になりますし、子がなくても、離婚した配偶者との間の子と遺産分割協議を行わなければなりません。相続後の調査で、初めてその存在がわかる場合もあり、遺産分割協議が難航します。
このような場合にも遺言書があれば、遺産分割協議が不要となります。
遺言書預かりサービスについて
自筆証書遺言の書き方のルールを知る
せっかく遺言書を書いてもらっても、法的に無効となるケースもあります。ペンと紙があれば作成できる自筆証書遺言ですが、法律で決められたことが、ルールに則って記入されていなければ、その遺言書は無効となりトラブル回避につながりません。
一度書いたのに書き直しなんてことになると、前向きになった気持ちが変わってしまうこともあります。最近では遺言書キットも市販されていますので、それらも活用して、書き始める前に、親御さんに書き方のルールを知ってもらいましょう。
遺言書保管制度の活用
かつては自筆証書遺言は自宅で保管する方がほとんどでした。そのため、遺言書の紛失や相続人等による隠ぺい・偽造・破棄、そもそも遺言書の存在に気付いてもらえないなどの問題がありました。
これらの問題を回避するために活用したいのが「自筆証書遺言保管制度」です。2020年7月から始まったこの制度は、作成した自筆証書遺言を法務局の遺言書保管所へ預け保管してもらうというもので、紛失や改ざんのリスクを低減することができます。遺言書保管官の外形的なチェックが受けられるので安心ですし、家庭裁判所の検認が不要となる点もメリットです。
また、遺言者の死亡の事実を確認した場合に、あらかじめ指定した人(1名)に対して、遺言書が保管されている旨をお知らせすることが可能ですので、発見されないといったリスクも小さくなります。
ただし、必ず本人が法務局に出向いて申請する必要があり、一件につき3,900円の申請手数料がかかります。
他にも、弁護士や司法書士などの専門家に依頼したり、金融機関が提供する遺言信託制度を利用することもできますので、費用面も確認したうえで、選択してください。
エンディングノートの活用
エンディングノートとは、自分のこれまでを振り返り、現状を整理し、将来についての希望を記入するノートです。特に決まったフォーマットはなく、自由に記入できるのが特徴です。
親子でエンディングノートを書く
エンディングノートはいつでも書けますし、いつでも書き直すことができます。法的効力はありませんが、お亡くなりになったときだけでなく、病気や介護状態になったときにも役に立ちますので、親子で一緒に書いてみるのはいかがですか?
クレジットカードは何枚持っているのか、銀行口座はいくつあるのかなどを記入すると、使っていないものを解約するなど今の暮らしを整理するのにも役立ちます。また、大きな病気になった際にどんな治療を受けたいのか、認知症になったらどうしたいのかなどの希望を伝えられることで、ご本人もご家族も安心できます。万が一のとき、どんな葬儀にしてほしいのか、誰に連絡を取ってほしいのかなどは、遺言書に記入していても葬儀までに確認することは難しいので、是非エンディングノートに記入しましょう。
親子で現状を整理しながら、将来の希望を書くことは双方の今の生活にもメリットがありますし、死後整理について考えるきっかけとなります。まずはエンディングノートを一緒に書くところから始めてみましょう。エンディングノートを書くサークルや講座もありますので、一緒に受けてみるのもいいですね。
説得ではなく説明を
生きている間の不安をなくす
親御さんに、将来についてお尋ねすると、「介護や認知症になったときが不安」とご自身が生きている間のことを心配されています。一方で、お子さんは「親が亡くなった後、相続や手続きでもめるのが不安」と、お亡くなりになった後のことを心配されています。不安に思っていることが異なる状況で、単刀直入に「遺言書を書いてほしい」と伝えても、親御さんの気を悪くしてしまうこともあるでしょう。
まずは、親御さんが不安に思っていることに寄り添い、解消する方法を一緒に考えてください。その際にも、エンディングノートは役立ちます。そのうえで、お子さんが不安に思っていることを伝えてください。
説得ではなく説明をする
「遺言書を書いてほしい」と説得するのではなく、「遺言書がないとどのように困るのか」を具体的に説明してください。どんなに相続人同士の仲が良くても、様々な事情で遺産分割協議に参加できないこともあります。
相続人の誰かが認知症になっているかもしれない。すべての相続人と連絡がつかないかもしれない。相続人全員が納得する分割協議ができないかもしれない。確かに不安は仮定ですが、正式な遺言書が1枚あればこれらの不安をかなり解消することができることを具体的に説明してください。
ただし、あまり遠回しにしていると、遺言書を書いてもらえないまま親御さんがなくなってしまうケースもあります。将来のことを真剣に考えている気持ちを具体的に伝えていきましょう。
セミナーなどに参加する
親御さん自身が、遺言書を書く方法やメリットを理解していないと、なかなか前向きに取り組んではくれません。そんなときは遺言書作成セミナーへ親子で参加されるのも一つの方法です。
相続人ではない、第三者の具体的な説明を聞き、その内容について親子で会話することが、遺言書を書くきっかけになるでしょう。
まとめ
遺言書にはどうしてもマイナスのイメージがあり、縁起でもないと拒否されることもしばしばです。一方で、遺言書があればこんなことにはならなかったのにという事例も少なくありません。また、遺言書の必要性と財産額は一切関係ありません。実際に遺産分割事件で扱う財産額は1000万円以下が3割近くを占めています。自分には関係ないと先送りせず、親御さんに体力と判断力があるうちに、親子で一緒に取り組んでみてください。
参考:裁判例結果一覧|裁判所